バンコク駐在員日記

駐在員を辞めてからは
沈没時代に逆戻り、
株式投資と先物取引で生活しています
 
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

【2017.02.19 Sunday 】 | - | - |
沈没組・続き〜北朝鮮の女と●りまくる
-つづき- (途中までマジメな話題です)


普通の人は「沈没組」という響きに
悪いイメージを持っている事だろう。

しかし、話してみると分かるが、
ジュライ組・楽宮組は概して頭のいい人が多い。


「春〜秋は日本で働き、冬は暖かいタイで」
という人も多いが、
いわゆる「リタイヤ組」「ロングステイヤー」
のハシリである人たちも多かった。


「蓄財の才がある=賢い」とは限らないが、
経済観念がなく、いつもピーピー言っている人よりは
比較的、知性が高いと言えると思う。

ヒマで本もよく読むので、知識も豊富だ。


それらを踏まえた上での話だが、
「南京大虐殺はデッチ上げ」
真に知性の高い人には昔から常識だった。


”エセ知性派””自称インテリ”は主に左翼で、
「日本が悪い」を主張する輩が多かったが、
我々から言わせれば、
彼らは無知をさらけだしているアホだ。

南京大虐殺は朝日新聞と中国による捏造で、
中国が証拠として挙げる写真は全部、
無関係な写真のパクリである事が証明されている。

参考南京事件「証拠写真」を検証する


従軍慰安婦の件についても、
「有償で働く慰安婦を募集した事はあっても、
 強制連行したという証拠はどこにも無い」

が常識である。

参考朝日新聞の正義―対論 戦後日本を惑わしたメディアの責任


(但、Tさんがバカというのではなく、
 単に洗脳されていた、というのが正しい。
 ちなみにTさんは事業に成功したリタイヤ組だった)



てなワケで、Tさんの主張は間違っているのだが
沈没組同士でケンカしても仕方ない。


とりあえず
TさんとKさんの口論を収めさせ、
強引に北朝鮮の話題に変えた。


すると、Tさんの目が急に輝いて

「う〜ん、北朝鮮には興味があるね〜。
 国交回復したらボクはすぐに行くよ」

Tさんは中国に行った事がないので「中国や北朝鮮には泥棒もハエも蚊もいない」
 という朝日新聞のウソ記事を信じていた。


「そうですね、
 一度は行ってみたいですね〜」


「うん、そして・・・
 北朝鮮の女を温泉いまくるぞ〜イヒヒ


(?!びっくり隣国の女性を蹂躙したのは許せない!と
 さっきまで言ってたのは、どこのどいつだよ・・・?!)



と、思いながら俺は苦笑し、
口論の相手だったKさんは呆れていた。



この時、俺が気付いたのは、
「日本は悪い事をした」「日本は最低の民族だ」
と主張する日本人の共通点は

「日本は近隣国に対して悪い事をしたけど、
 それは、自分以外の他人がやった事である。
 だから自分だけは清く正しく無罪なのだ!!」


という事を大前提に日本極悪説をブツ、
という事だった。


ちなみに、それでもTさんと俺は仲がいい。
「日本は悪い事をした」と感じるのは、優しさの現れだと思う。
【2007.11.02 Friday 21:34】 | ジュライ組 | comments(4) |
沈没組は日本の恥か?
沈没組は日本の恥だという意見がある。

俺はそうは思わない。
正確には「そうとは限らない」と言うべきか。

少なくとも、
沈没組全員が同じ思考回路を持ち、
同じ行動を取るとは限らない

という事を、普通(?)の人に理解して欲しい。


働いてないからクズだと言うなら、
早期退職制度などを利用して会社を辞めた人は
目先の金に目がくらんで無職になったクズという事になる。

女遊びするからクズだと言うなら、
世界中の在外大使館で働く外交官の多くは
クズだという事になる。
(参考図書:自壊する帝国)


日本のみならず、タイでも愛されている実在の和尚、
「一休さん」が、悟りを開く為の修行をしたのは
主に酒場と女郎屋というのも有名な話だ。
どちらも煩悩の象徴のような場所なんだけどね〜


また、
バリやタイへ男漁りに行く日本人女性同様、
ヨーロッパの白人女性も休暇を利用して
アフリカへ黒人男性をゲットしに行くのは有名な話だ。
(参考図書:冒険投資家 ジム・ロジャーズの世界大発見)


「無職+女遊び」という状態が許せないなら、
トムクルーズの映画 「7月4日にうまれて」
を観るといい。

無職になる理由は様々だし、
無職の人が女遊びしてはいけないというのは
オランダに行けば人権侵害の問題発言となる。
たぶんオランダだったと思うけど・・・
身障者で生活保護を受けている人に対して、
女を買う為の手当てを増額した国だってあるのだ。



さて、実は、沈没組同士も飲みながら
そういう話をする事がある。

ちょっと違うケースだけど、
我々が(苦)笑したネタを思い出した。


以前、プライバシーに配慮して
削除した記事の中に登場した人物の話。
(仮名を”Tさん”とする)

Tさんは共産党員の父を持ったため、
左翼思想(というより反日思想)に取り憑かれていた。

「韓国や中国に対して行った行為について
 日本は公式に謝罪し、補償し続けねばならない」


がTさんの主張だった。
(Tさんの論理の源泉は、朝日新聞や
 本多勝一の著書など、捏造話によるものだ)



俺はTさんには親切にしてもらっていたので
彼が明らかに間違ってても仲良くしていたが、
どちらかと言うと右と見做されている職業だった
元・公務員のKさん(仮名)は猛反発して、

「韓国がどんなにヒドイのか、
 お前は知らないからそんな事言えるんだ!」


と激怒していた。
(そして、職務上、相当に苦労したという話を
 いろいろとKさんから聞かされたもんだった)


ちなみに俺は中立です。


それでもTさんは聞く耳を持たず、
帝国陸軍と日本人をなじりまくっていた。

つづく・・・


日本共産党は破壊活動防止法の調査指定団体だそうだ。
また、過去、中国からの麻薬密輸・密売疑惑、銀行強盗疑惑などでも有名。
在日中国人学生に暴行を加えた事件で中国共産党と敵対した過去もある。
そんな団体の人間がよくそんな事言えるね・・・と、周りの沈没組は陰口を叩いていた。
【2007.10.30 Tuesday 02:27】 | ジュライ組 | comments(0) |
長老Kさん その後
というわけで・・・

「沈没組=クズ」という思考回路を持ち、
”私は世界で一番正しい”と勘違いしている
立派で高尚で正直な日本人女性を一蹴したKさんだった。



そんな豪傑Kさんでも、
1995年にジュライホテルが閉鎖されてしまっては
バンコクを出て行かざるをえなかった。


当時、もういい年だったKさんだったが、
平均して毎日3回のペースで抜いていた。

そんなKさんが東南アジアから出て行くワケがない。
流れ流れて、カンボジアのプノンペンに辿り着いた。


ジュライホテルが閉鎖された直後、
ジュライと楽宮旅社の住人は4手に分かれた。

1.台北旅社へ引越(すぐ近くだからね)
2.パタヤへ移動(これが最も多数派だったかな)
3.チェンマイ・チェンライ・メーサイなどへ
4.流れ流れてカンボジアのプノンペン



と、
散り散りに分かれたジュライ組だったが、
既に数年前にプノンペンへの先鞭をつけていたMさんに続き、
パタヤ組たちも徐々にPHNへ移動して行った。


PHNではもちろん、沈没日本人の多くは
キャピトルゲストハウスに集中した。



そんなある日、
キャピトルの1階にあるレストランで
バンコクに居たときと同様にウダウダと話していると、
フラッと若い日本人の男性バックパッカーがやってきた。


は毎日毎夜、
キャピトルレストランでウダウダ喋っている俺達を見て
不思議に思ったのだろう、


「あの〜・・・
 毎日ココでお話されてますけど・・・
 観光とか行かないんですか・・・?」



一同、ジロッとを見た。

そしてKさんが言った、


「ワシは観光なんぞ行った事もないし、
 これからも行く気もないぞ!!」


「え・・・それはなぜですか・・・?」

「いいか、若造・・・。
 アンコールワットは1年後も5年後も、
 たぶん10年後も、今と同じようにある事じゃろう・・・。
 しかし・・・・・・」


「しかし・・・?!(ゴクッ)」

「しかし・・・・・
 スワイパー63番街70番街の置屋は
 明日潰れるかもしれんじゃろ?」


「は、はい・・・」

「だからワシは、今日も明日も明後日も、
 女を買いに置屋へ行くんじゃよ、フォッフォッフォ」




そして俺達は


(Kさん、また同じ事言ってるよ・・・)

と爆笑し、


「ま〜、スワイパーがプノンペン最大の観光名所だからね」

と、まわりの皆がフォローしたが、
一方、気の弱そうな バックパッカー君 は


「ダメだこりゃ!!」

と、
どこかで見た誰かと同じようにずっこけていたよ・・・


【2007.01.06 Saturday 23:25】 | ジュライ組 | comments(7) |
ワシが観光しない理由はのう・・・
「なんで毎日、女は買いに行くクセに、
 観光には行かないのよ?!」


「それはな・・・」


ここまでが前話。
それでは続きをどうぞ!!



「ワシが観光に行かない理由はな・・・」

「行かない理由は・・・??(ゴクッ)」

「王宮やワットプラケオやワットアルンは、
 1年後も10年後も、おそらく100年後も
 今と同じように残っているじゃろうて・・・」


「それで??」

「しかし・・・・・
 置屋はもしかしたら明日つぶれるかも知れん・・・。
 だからワシは今日も明日も明後日も、
 女を買いに置屋へ行くのじゃよ、フォッフォッフォ」


(ホントはこんなジジくさい言い方ではなかったけどね)
 


これを聞いていた俺達は皆、爆笑したけど、
沈没組をゴミだと思っている日本人女性は


「ダメだこりゃ!!」  るんるんパーパラッパパーァムードフ〜〜ンるんるん
               (ドリフターズ風に)


と、ずっこけていた。



そして、この日本から来たオネエチャンは
汚いものを見るような目で俺達を睨み、
お尻を振りながら歩いて出ていったな〜・・・

【2007.01.05 Friday 23:48】 | ジュライ組 | comments(5) |
長老Kさん
このKさんはタイに何十年も住み着き、
ジュライホテルで沈没生活を送っていたが、
一度も名所観光をした事がない人だった。


ある日、ジュライの1階ロビーで
沈没組が揃ってウダウダと話をしていると、
珍しく日本人の若い女性が宿泊しに来た。


<ジュライホテルに泊まった事がない人に説明>

ジュライホテルは1995年に閉鎖されるまで、
多くの日本人を魅了してきた安宿だ。

1階はだだっ広いロビーというか駐車場になっていて、
その奥の方にレセプションがあり、
誰が名づけたのか通称「伊東四朗」(タイ人従業員)が座っていた。

本人もその名前が気に入っていて、自分で
「ITOSHIRO」と書いた張り紙を
閉鎖後のジュライの壁に貼っていたりしてた。


宿泊客の99%は日本人男性で、
レセプションの黒板の部屋番号の欄にも


日本
日本
日本
日本
日本
日本
・・・・・・・・・・・・・・・・・


と、永遠に「日本」と漢字で書かれてあった。
(宿泊者の国籍を表示したものだ)


なかには変わった沈没ファランもいて、
一番目立っていたのは
牛乳ビンの底みたいなメガネをかけた
バタービーンみたいな体形のオランダ人だった。
(名前は忘れた)

このオランダ人は日本が大好きなのか、
日本人にも愛想よくするし、
メシもよくスワニー(北京飯店)で食っていた。

ちなみにスワニーはまだ営業している。

数年前に日本のTV番組の取材で、
山田まりやが北京飯店に来て
「まりや丼」というメニューを作っていった。


この時の「まりや丼」の貼り紙は
今も貼り付けたまま現存している。



さて、話は戻って、
この珍しい日本人女性の宿泊客が

「あなたたち、毎日毎日ウダウダと、
 こんな所で喋ってばかりで・・・
 ホントに何やってるんですか?!」


Kさん 「あ?」

「昼寝→女→メシ→女→飲み→女・・・
 最低ね!!
 たまには観光にでも行ってきたらどう?!」


「ワシは観光なんか、一度もしたことがない。
 王宮もワットアルンもワットポーもな!」


「なんで毎日、女は買いに行くクセに、
 観光はしないのよ?!」


「それはな・・・」


つづく・・・

【2007.01.04 Thursday 23:16】 | ジュライ組 | comments(0) |
茶室のシステム その5
ジュライホテルに戻ると、Sさんは待ち構えていて、

「岡村さん、今晩一緒にメシ食いに行きませんか?」

と誘ってくれた。


日が暮れてから出発。

歩いてMPのハーレム(現クレオパトラ)横のバス停へ行った。


(う〜ん、バスでどこへ行くんだろう・・・ワクワク)

と思っていると、


「ちょっと覗いて行きましょうか」

と、ハーレムの店内に入り、5秒ほどで


「・・・。出ましょう。いいのがいないよ。」

(仕事が速いな〜・・・)

「この風呂屋は夕方5時過ぎからがいいんですよ。
 昼間はちゃんと働いてて、
 夜ココにアルバイトに来る女が多いんですよ」


(なるほど・・・)


店を出て、バスを待つのかと思ったら
すぐにタクシーを捕まえて、
ラチャダムリの近くの店に行った。

(中略)

店に到着。


「ココのトムヤムクンはおいしいんですよ」


確かに美味かった。

「ジュライ前のトムヤムクンもうまいけど、
 ここのもなかなか美味しいですね」


「あー、ジュライ前のもバンコクでは5指に入る
 くらい美味しいよね。
 ボクはこの店が1番だと思うよ」


(ヘ〜・・・)



たらふく食ったら、パッポン

当時、ゴーゴーバーに日本人の客はほとんど居なかった。
95%くらいがファランで、
日本人は片隅にポツ・・・ポツ・・・と存在感なく座っている程度。


5軒くらいハシゴして、ナナプラザ

同じく、ファランだらけ。

当時はパッポン全盛期で、
女の質も、店の明るさ・雰囲気など、パッポンの方がよかった。

ナナは暗くて女の顔がよく見えない。


その後、ソイカウボーイ

「ソイカウボーイは、どこへ行っても使い物にならない
 オネエチャンが最後に来る墓場みたいなもんなんだよ」


(その割には楽しそうじゃん・・・?!)



翌日以降も、昼間はペッブリーの風呂屋巡り
夜はケメン(昔のテーメー。場所もsoi13だった)、
サイアムホテルコーヒーショップ巡り


毎日昼前から深夜5時ころまで遊びまくりで、
全然観光に行けなかった。

当時、ケメンは深夜4時まで営業。サイアムホテルも同じ。



毎日Sさんと遊ぶうちに、彼の行動パターンがわかった。
毎日必ず、ハーレムを2回覗いていくのだ。

そしてその習慣は、
俺の弟子たちにも引き継がれていくこととなる。


つづく・・・
【2006.10.30 Monday 16:59】 | ジュライ組 | comments(2) |
茶室のシステム その3
東北出身の2人組と、Sさんの4人で
茶室のなかでは最もハイグレードな

「新三羊新興冷気茶室」 (通称年増苑)


へ行った。

俺は連れて行かれるがままにされていたが、
すぐにどういう店なのか分かった。

しかし、
きれい好きの俺にとっては、あの薄汚れた感じが馴染めず、
トイレで小便するだけで病気が移りそうな気がして
何となく気持ち悪かった。


とりあえず4人共、1つの部屋に入れられたが、
この部屋が畳2畳分くらいの広さに、
病院のベッドを大きくしたようなベッドがあるだけ。

縦横40cmくらいの小さなテーブルには、
電熱線のコンロというか、(←なんて呼ぶの?アレ)
とにかくお湯を沸かす台がある。


キョロキョロ見回しているうちに、
やり手ババーが女を連れてきた。


(ウワッ!ブスすぎる!)

首を横に振ると、次の女が出てきた。


(ウワッ!デブすぎる!)

また首を横に振ると、さらに次の女が出てきた。


(う〜ん、ギリギリやれるレベルか・・・)

と、考えこんでいると、また次の女が出てきた。


次から次に女がゾロゾロと現れる。
結局、20人くらい見て、3人目のギリギリガールに決定。


東北の2人はとっくに色黒の女を選んで消えていた。

さて、Sさんは・・・まだ俺の横に居る。


「Sさん、遊ばないんですか?」

「ウン、ボクはココでは遊ばないんだよ」

(?。じゃ、何のために一緒に来たんだよ・・・?)


と思っているうちに女が商売道具を持ってきた。

MPのネエチャンが、シャンプーやティッシュなどの商売道具をカゴに入れているのと同様、
茶室のネエチャンはタン壷みたいな銀色の壺や、
お茶を飲むためのヤカンやおチョコが商売道具だ。


するとSさん


「あ、じゃあ、ボクは先に帰ってますよ・・・」

と、去って行った。


つづく・・・
【2006.10.27 Friday 12:38】 | ジュライ組 | comments(6) |
俺の師匠
俺の友人が突然、何を思ったのか、

「岡村さんって、あのお師匠さんとどこで知り合ったんですか?」

と尋ねてきた。


前回、俺の師匠がバンコクに来た6月、
テーメー前の屋台で2人で飲んでいると、
俺の友人が、そのまた友人と2人連れで来たので、
合流して4人で飲んだ事があった。


「岡村さん、こちらの方は・・・?」

「こちらにおわすお方は、俺のバンコク夜の師匠だ!
 君たち、頭が高いよ!控えー!控えい!!」


と言うと、

「エーッ!そんなにスゴイ人なんですか?!
 ヘッ、ヘヘーッ!
(ペコリ汗

と、いう事があった。
その時の事を思い出したんだろう。


「岡村さんの師匠って事は、
 相当スゴイ人って事ですからね・・・」


とお世辞を言って何とか聞き出そうと、
かなりしつこく食い下がってきたが
彼はオシャベリなので、彼には言わなかった。


あれはそう、・・・

初めて師匠に会ったのはジュライホテルだった。
(俺はカオサンの雰囲気があまり好きではないので、
 1回もカオサンに泊まったことがない。と言うより、
 チャイナタウンが楽しすぎるというのが正しいかな?)


初めてのタイで、右も左もわからない。
なんとかジュライホテルに辿り着いたが、
今まで旅してきた、他のどんな国とも違う。


その典型的な例は、ジュライホテルに着いた時の光景。

入口のだだっ広いスペースに、
堅気とは思えない人相の悪いオッサン連中(全員日本人)
が、10人くらい座って居る。

そしてビールやマナーオバン(ライムのシェイク)を飲みながら
ウダウダいつまでもくだらない話をしている。


(ウワッ!何コレ?!
 日本で人殺して、タイに逃げてきたっていうパターンだな・・・
 ウン、間違いないぞ、これは・・・きっと・・・)


と思いながらも、
腹が減っていたのでそのオッサンたちに尋ねてみた。


「あの、すみません、どこかメシ食う所ないですか?」

「ん?あー、今日は水曜日だから屋台が出てねーのか。
 じゃあ、スワニーん所でも行ってみれば?
 誰かいるはずだよ・・・」


という事で、「北京飯店」へ行ってみた。
(昔は水曜日は屋台営業禁止だったのだ)


つづく・・・

【2006.10.24 Tuesday 11:36】 | ジュライ組 | comments(0) |
CALENDAR
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031   
<< May 2017 >>
<<お気に入り〜っ>>

アジアン王

Gダイアリー


この本と
俺の公式サイトで
タイ情報は完璧?

アクセス解析
LINKS
RECOMMEND
旅の指さし会話帳〈1〉タイ (ここ以外のどこかへ)
旅の指さし会話帳〈1〉タイ (ここ以外のどこかへ) (JUGEMレビュー »)
加川 博之

旅行タイ語のベストセラー最新版
初心者向けっぽい装丁だが、
発音表記などに工夫が見られる。


バカにできない内容で、
読み応えアリ。
タイ旅行バンコク旅行には必携!
RECOMMEND
非居住者のすすめ (中公新書ラクレ 276)
非居住者のすすめ (中公新書ラクレ 276) (JUGEMレビュー »)
邱 永漢
タイでセミリタイヤ・ロングステイ・沈没生活するメリットが分かるよ
RECOMMEND
さわやかタイ読本―国際奇人変人都市・バンコクへようこそ!
さわやかタイ読本―国際奇人変人都市・バンコクへようこそ! (JUGEMレビュー »)
クーロン黒沢, エポック伊藤, 皿井 タレー


タイのディープな世界をおもしろおかしく綴った名作!
RECOMMEND
男と女のタイ語会話術
男と女のタイ語会話術 (JUGEMレビュー »)
ポンパン・レプナグ, Phongphan Lebnag

タイ語は発音がムズカシ〜イ!
でも、彼女にこの本を見せればバッチリ、ラブラブ!!
モテる男の必須アイテム
CATEGORIES
ARCHIVES
RECENT COMMENT
PROFILE
SEARCH
PAGETOP  
 
since090929jptime3:00
ブログパーツUL5